神戸地方裁判所 昭和58年(行ウ)20号 判決 1986年1月29日
神戸市灘区鶴甲二丁目六番一号
原告
延原星夫
右訴訟代理人弁護士
岡本拓
同
中山俊治
神戸市灘区泉通二丁目一番地
灘税務署長
被告
石本欣三
右訴訟代理人
竹中邦夫
同
杉山幸雄
同
岡田淑子
同
阿部忠至
同
山藤和男
同
桜井進
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和五五年九月三〇日付けでした原告の昭和五二年分の所得税についての再更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分(ただしいずれも被告の異議決定により一部取り消されたのちの部分)のうち、総所得金額を二九万円分離長期譲渡所得金額を二九九四万二二二二円として算出した所得税額及び無申告加算税額を越える部分を取り消す。
2 被告が原告に対し昭和五七年三月五日付けでした原告の昭和五三年分及び昭和五五年分の各所得税についての各再更正処分及び各無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
3 被告が原告に対し昭和五七年三月五日付けでした原告の昭和五四年分の所得税についての再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、分離長期譲渡所得金額を一億二〇二一万二一〇〇円として算出した所得税額及び過少申告加算税額を越える部分を取り消す。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 課税経過等
原告の昭和五二年分ないし昭和五五年分の所得税につき、原告のした確定申告(ただし昭和五四年分のみ)、被告のした決定処分(ただし昭和五四年分を除く)、更正処分(ただし昭和五四年分のみ)、再更正処分、原告のした異議申立て、審査請求、被告のした異議決定、国税不服審判所長のした裁決の経緯及び内容は別表1ないし4記載のとおりである。
2 課税処分の違法
原告の昭和五二年分ないし昭和五五年分の所得税についての各更正処分及び無申告加算税(昭和五二、同五三、同五五年分)あるいは過少申告加算税(昭和五四年分)の賦課決定処分(以上すべての処分を合せて「本件課税処分」という)は、いずれも原告には被告が認定した本件不動産所得(賃料所得)がないにもかかわらず、これを認定して行つた本件課税処分は違法である。
(一) 原告ら共同相続人の被相続人である延原観太郎(以下「観太郎」という)は、その所有していた土地建物等(以下「本件物件」という)を訴外延原倉庫株式会社(以下「延原倉庫」という)に賃貸していたが、昭和四七年七月一七日死亡し、相続人である原告、延原鈴子(以下「鈴子」という)、延原千恵子(以下「千恵子」という)及び延原久雄(以下「久雄」という)が共同相続した。
(二) 観太郎には昭和四一年一月二五日付けの自筆証書遺言書が存在し、その内容は左記のとおりであるが、右遺言証書に一部訂正箇所があること、観太郎から相続分の指定を受けたその妻延原アヤ(以下「アヤ」という)が観太郎よりも先に死亡(昭和四六年四月一日死亡)していることなどから、右遺言の効力、アヤの指定相続分の他の共同相続人への分配等をめぐり、さらに、右遺言書で指定相続分を零と指定された久雄は原告ら共同相続人三名に対し遺留分減殺の意思表示をするなど、観太郎の遺産の分配につき、共同相続人間で激しい争いがあるが、未だ遺産分割審判等の裁判による解決をみるに至つていない。
記
(1) 妻アヤの相続分は全資産の二〇分の七とする。
(2) 長女鈴子は全資産の二〇分の三とする(ただし一旦「二〇分の壱」と記載されたが、「壱」の字を斜線で抹消し、その横に「三」と加筆したうえ、右抹消部分に観太郎の印を押捺し、欄外に「壱字訂正」と付記されているが、右付記については署名がない。)
(3) 長男星夫は全財産の二〇分の三とする。
(4) 次女千恵子は全財産の二〇分の七とする。
(5) 次男久雄は現在に至るまでの間に既に応分以上の財産を取得しているので同人の相続分はないものとする。
(三) 原告ら共同相続人間の争いの内容は多岐にわたるが、本件課税処分との関係でいえば、原告は観太郎の遺産に属する財産を別紙1相続財産目録記載のとおりであると主張し、これに対し、原告を除く他の相続人は別紙2生前贈与財産目録第2記載の財産は原告が観太郎から生前生計の資本として贈与を受けたもので、民法九〇三条に定める持戻し計算を要すると主張している。
別紙2生前贈与財産目録第2記載の財産が、原告への生前贈与財産であるとされた場合には、観太郎の死亡時点(昭和四七年七月一七日)でもその価格総額は六億円を下らないことが見込まれ、この持戻し計算を行えば原告の指定相続分が仮に八〇分の一九であつても、その「結局の相続分(率)」(贈与、遺贈の価額を控除した残額の遺産総額に対する割合)はこれをさらに下回ることになることが予想され、また生前贈与は原告以外の相続人にも別紙2生前贈与財産目録第1、第3、第4記載のとおり(本人が生前贈与であることを否認しているものも含む)行われているから、その持戻し計算をも行うと原告の「結局の相続分(率)」はさらに算定が困難となる。
(四) ところが、被告は、観太郎の未分割遺産から生ずる不動産所得(観太郎が所有し、延原倉庫に賃貸していた本件物件の資料)は、賃料債権が発生確定さえすれば原告ら共同相続人への帰属割合が確定していなくとも、前記遺言による相続分に応じて真実の権利者である原告ら共同相続人にそれぞれ帰属し所得の実現があつたとして、原告に対して本件課税処分をした。
(五) しかしながら、以下のとおり、本件課税処分は違法である。
(1) 所得税法三六条一項は「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」と規定し、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算する建前を採用していることは明らかであるが、右にいう収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮して決定されるべきものである。
(2) 一般に未分割の相続財産を賃貸することによつて相続人が取得する賃料債権は、各相続人にその相続財産の共有持分の割合に応じて帰属するものであるが、この場合の共有持分の割合とは「本来の相続分(率)」ではなく、「結局の相続分(率)」をさすことは明らかである。(被告主張の如く共有持分割合が法定相続分ないし指定相続分のいずれかのみによつて定まるというのは全く誤つた見解にすぎない。)本件においては、原告ら共同相続人間において各人の「具体的相続分(率)」が争われ、「結局の相続分(率)」が定まつていないことは前述のとおりであり、したがつて本件物件の「結局の相続分(率)」、ひいてはそれから発生する賃料債権の帰属割合は未確定である(遺産分割審判等の裁判の確定をまつてはじめてその帰属割合が確定する。最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第一二三号同五三年二月二四日判決民集三二巻一号四三頁参照)から、その権利の特質を考慮すれば、原告にはいまだ被告の認定した不動産所得は発生していない。
このことは、以下の事実からも明らかである。すなわち、後述のとおり、延原倉庫は本件物件の賃料を供託しているが、遺産分割審判等の裁判によつて原告ら共同相続人の「具体的相続分(率)」が確定しない以上、原告が八〇分の一九の割合で右供託金の還付を受けることは不可能であるから、原告には未だ所得の実現があつたとはいえない。被告においても原告の供託賃料の還付請求権に対する滞納処分を実行しなかつたのは被告自身原告には未だ確定的に賃料債権が発生していないことを自認したものといえる。さらに実質的にみても、原告としては、現実に一銭の地代家賃等を取得し、その経済上の利益を享受する方途がないにもかかわらず、所得の実現があつたとして高率の加算税、延滞税をかけることは不当であり、むしろ遺産分割審判等の裁判が確定したときに権利が確定し、所得の実現があると解しても、その時点からの課税がいくらでも可能なのであるから、更正の期限の徒過を招くおそれもなく、所得税と相続税の課税要件の違いをもふまえた妥当な取扱いといえるので、本件物件の賃料債権が遺産未分割の時でも指定相続分に応じて既に確定実現したとの被告の主張はとうてい容認できない。
なお、原告が相続税の修正申告に際し、そのあん分割合を八〇分の一九としたことは認めるが、この段階で遺産の具体的分割割合を各相続人間で確定させたものではなく、相続税の申告期限との関係上、便宜的に右割合をもつて相続税の修正申告をしたにすぎない。
(3) 延原倉庫は、本件物件の賃料を供託している。延原倉庫は、右供託に際し被供託者の氏名を「鈴子又は星夫又は千恵子又は久雄」と、供託原因を「観太郎の相続人鈴子、星夫、千恵子、久雄間で相続分をめぐる争いがあるため債権者を確知できないため」とそれぞれ記載している。法務局(国)は、右供託を適法として受け入れているが、このことは法務局(国)自身が原告ら共同相続人間の持分割合が法定相続分ないしは指定相続分によつて定まらないことを認めたものというべきである。被告が本件物件の賃料債権は指定相続分に応じて原告ら共同相続人に帰属したとして行つた本件課税処分は、同じ国家機関でありながら相矛盾した取扱いである。
(4) さらに、被告と芦屋税務署長との間には取扱いに矛盾がある。すなわち、芦屋税務署長は、昭和四七年一〇月二七日観太郎に対する贈与税還付金を原告ら共同相続人に還付するに際し、被供託者を「相続人鈴子、千恵子、久雄、星夫」と供託原因を「贈与税還付金六五八万一八〇〇円を相続人鈴子、千恵子、久雄、星夫に提供せんとするも相続人間において遺産配分率の争いがあり、民法九〇二条の規定により相続人が確知できない状態である」として、右還付金を神戸地方法務局に弁済供託している。そこでは芦屋税務署長は債権者を確知できないとし、神戸地方法務局はこれを認め弁済供託を受理している。これに対し、被告は、観太郎の遺言書が無効と判断されても原告の法定相続分は八〇分の二〇であり、原告には本件物件の不動産所得につき少なくとも八〇分の一九を下らない権利を確定的に取得した、すなわちその部分については債権者を確知できない状態にはないとしている。これは明らかに相矛盾した取扱いである。
(5) 以上、本件物件の賃料債権の帰属割合は遺産分割審判等の裁判が確定するまでは未確定であり、このことは同じ国家機関である法務局、芦屋税務署長の取扱いからも明らかである。したがつて、原告には被告が認定したような不動産所得はいまだ発生確定していないのであるから、これが発生確定したことを前提とした本件課税処分は違法である。
3 よつて、原告は、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 請求原因2項について
(一) 冒頭の主張は争う。
(二) (一)の事実は認める。
(三) (二)の事実のうち原告の指定相続分が八〇分の一九(遺言により指定された相続分二〇分の三とアヤに対する指定相続分二〇分の七を四分の一の割合で相続した相続分の合計)であること、原告ら共同相続人間で争いがあることは認めるが、その争いの具体的な内容は不知。
(四) (三)の事実は不知。
(五) (四)の事実は認める。
(六) (五)のうち、冒頭の主張は争う。(1)のうち収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮して決定するとの主張は争い、その余の事実は認める。(2)の主張は争う。(3)のうち、延原倉庫が本件物件の賃料を供託していること、供託に際し原告主張の記載をしていることは認め、その余の主張は争う。(4)(5)の主張は争う。
3 請求原因3項の主張は争う。
三 被告の主張
1 原告に不動産所得が生じた経緯
(一) 観太郎は、昭和四七年七月一七日死亡し、相続人である原告、千恵子、鈴子及び久雄が観太郎の遺産を共同相続した。
(二) 観太郎の死亡後、遺言書の効力等をめぐり、原告ら共同相続人間で争いが起きた。
(三) 原告ら相続人四名は、観太郎の遺産を共同相続したことにつき、昭和四八年一月一七日に相続税の申告書を、同年八月二日に相続税の修正申告書をそれぞれ被告に提出した。
(四) 原告は、右申告書及び修正申告書により観太郎の遺産に占める自己の相続分を八〇分の一九としており、以下、千恵子のそれは八〇分の三五、鈴子のそれは八〇分の一九、久雄のそれは八〇分の七とされている。
(五) 観太郎の遺産の中には、観太郎の主宰していた延原倉庫へ賃貸している本件物件(物件の明細、賃貸料等については別表5のとおり)が含まれていた。
(六) 延原倉庫は、支払うべき賃借料から固定資産税等の立て替えた経費を差し引いた残金を、大阪法務局へ供託している。
(七) 原告ら共同相続人は、現在に至るも遺言の効力等について係争中である。
2 原告の昭和五二年分ないし昭和五五年分の不動産所得金額の算出根拠
(一) 昭和五二年分不動産所得金額の算出
(1) 総収入金額
延原倉庫が昭和五二年一月一日から同年一二月三一日までに、原告らへ支払わなければならない賃借料は、七六〇一万九〇二九円(別表5)である。
ア 右賃貸料の内、原告分の算出にあたり、別表5の順号21ないし26 29ないし31の各物件(別表5Aグループ、以下「Aグループの物件」という。)の持分四分の一が、鈴子によつて昭和五〇年一二月二二日に、延原倉庫へ譲渡されたので、右各物件から生じた賃貸料については、鈴子の持分相当額を差し引いた額(同表の賃料欄表示の金額)が、原告ら共同相続人四人の修正申告に係る持分により、原告、千恵子及び久雄の三人で、一九対三五対七の比率であん分されるのである。
したがつて、原告の賃貸料は、右各物件から生じた賃貸料三二六八万八〇二四円の六一分の一九(<省略>)に相当する一〇一八万一五一五円である。
イ 別表5の内、右アのAグループの物件を除いた残りの物件(別表5Bグループ、以下「Bグループの物件」という。)から生じた賃貸料は四三三三万一〇〇五円であり、当該金額の八〇分の一九に相当する一〇二九万一一一三円が原告分となる。
ウ 右アイの合計金額二〇四七万二六二八円が原告の不動産所得に係る総収入金額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
(ア) 別表5のAグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は、一八八三万四一七〇円であるところ、原告の負担金額は総収入金額の算出と同様、右金額の六一分の一九に相当する五八六万六三八一円となる。
(イ) 別表5のBグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は、一六七三万七三五二円であり原告の負担金額は、右金額の八〇分の一九に相当する三九七万五一二二円である。
イ 減価償却費
(ア) 別表5順号29及び30の建物(倉庫)は、それぞれ、昭和四〇年に一八四〇万六八一三円で、昭和四一年に九三〇万円で取得された物件であり、Aグループの物件に属するため、その減価償却費は次のとおりとなる。
<1> 別表5の順号29の減価償却費は、二三万九九三八円である。
算式 <省略>
<2> 別表5の順号30の減価償却費は、一二万一二二八円である。
算式 <省略>
(イ) 別表5順号31の建物(倉庫)は、延原倉庫が昭和三八年一月三一日新築した後、昭和四二年四月二八日、観太郎に一九七万二五九三円で売却されている。
右物件も、Aグループの物件に属するため、その減価償却費は、次のとおりである。
<1> 中古資産の耐用年数の算出
法定耐用年数 一六年(一九二月)
経過年数 約四年三月(自昭三八・一・三一 至昭四二・四・二八・五一月)
算出耐用年数 一二年
算式 192月-51月+51月×0.2=151.2月
≒12年7月………12年(1年未満切捨て)
<2> 減価償却費 三万四四二三円
(取得価額)
算式 <省略>
(ウ) その他の建物及びクレーンはいずれも耐用年数を経過しているので、減価償却の計算はできない。
ウ 各必要経費の合計額は、一〇二三万七〇九二円である。
(3) 不動産所得金額
原告の昭和五二年分不動産所得の金額は前記(1)の総収入金額二〇四七万二六二八円から前記(2)の必要経費一〇二三万五五三六円である。
(二) 昭和五三年分不動産所得金額の算出
(1) 総収入金額
昭和五二年分不動産所得に係る総収入金額((一)(1)ウ)と同額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
(ア) 別表6のAグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は二一一五万四三三〇円であるところ、原告の負担金額は、右金額の六一分の一九に相当する六五八万九〇五四円となる。
(イ) 別表6のBグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は、二〇五三万四一二四円であり、原告の負担金額は、右金額の八〇分の一九に相当する四八七万六八五五円である。
イ 減価償却費
昭和五二年分の減価償却費((一)(2)イ)と同額の三九万五五八九円である。
ウ 各必要経費の合計額は一一八六万一四九八円である。
(3) 不動産所得金額
原告の昭和五三年分不動産所得の金額は、前記(1)の総収入金額二〇四七万二六二八円から前記(2)の必要経費一一八六万一四九八円を控除した八六一万一一三〇円である。
(三) 昭和五四年分不動産所得金額の算出
(1) 総収入金額
昭和五二年分不動産所得に係る総収入金額((一)(1)ウ)と同額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
(ア) 別表7のAグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は二三一五万一三四〇円であるところ、原告の負担金額は、右金額の六一分の一九に相当する七二一万一〇七四円となる。
(イ) 別表7のBグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は、二二五二万八一五二円であり、原告の負担金額は、右金額の八〇分の一九に相当する五三五万四三七円である。
イ 減価償却費
(ア) 別表7順号29及び30の建物(倉庫)に係る減価償却費は、前記(一)(2)イ(ア)と同額の三六万一一六六円である。
(イ) 別表7順号31の建物(倉庫)について、前記(一)(2)イ(イ)から、昭和五四年四月二八日に耐用年数の全期間が経過することになる。
耐用年数の全期間を経過した後も、利用されている事業用資産について更に残存価額(取得価額の一〇パーセント)の二分の一相当を減価償却費として計上し得るので、右物件に係る減価償却費は、次のとおりである。
<1> 昭和五四年一月一日から同年四月二八日(取得年月日昭和四二年四月二八日・法定耐用年数一二年であるので、残余耐用年数は、同五四年四月二八日までの三か月間である。)までの減価償却費は、八六〇六円。
(1年分の減価償却費)
算式 <省略>
<2> 残余価額(取得価額の一〇パーセント)の二分の一相当額は、二万三〇四〇円。
算式 <省略>
<3> 減価償却費(<1>+<2>) 三万一六四六円
ウ 各必要経費の合計額は、一二九五万四三二三円となる。
(3) 不動産所得金額
原告の昭和五四年分不動産所得の金額は、前記(1)の総収入金額二〇四七万二六二八円から前記(2)の必要経費一二九五万四三二三円を控除した七五一万八三〇五円である。
(四) 昭和五五年分不動産所得金額の算出
(1) 総収入金額
昭和五二年分不動産所得に係る総収入金額((1)ウ)と同額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
(ア) 別表8のAグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は、二三一五万一三四〇円であり、原告の負担金額は、右金額の六一分の一九に相当する七二一万一〇七四円となる。
(イ) 別表8のBグループの物件に係る固定資産税等の管理費用は、二四三八万五四三七円であり、原告の負担金額は、右金額の八〇分の一九に相当する五七九万一五四二円である。
イ 減価償却費
昭和五二年分の減価償却費((一)(2)イ(ア))と同額の三六万一一六六円である。
ウ 各必要経費の合計額は一三三六万三七八二円となる。
(3) 不動産所得金額
原告の昭和五五年分不動産所得の金額は、前記(1)の総収入金額二〇四七万二六二八円から前記(2)の必要経費一三三六万三七八二円を控除した七一〇万八八四六円である。
3 本件課税処分の適法性
原告の昭和五二年分ないし同五五年分の不動産所得金額は次表のとおりであるところ、この範囲内でなした本件各再更正処分は適法であり、したがつて、また、本件各再更正処分に伴う過少申告加算税及び無申告加算税の賦課決定も適法である。
<省略>
(一) 本件各再更正処分の適法性
(1) 相続が開始してから、遺産分割の協議が成立するまでの間、当該相続財産は、相続人の共有に属するものとされ(民法八九八条)、その共有持分の割合は法定相続分(同法九〇〇条)、指定相続分(同法九〇二条)により定まる。
原告の場合、原告ら共同相続人間で相続分等をめぐり係争があり、観太郎の遺産について分割協議は成立していないが、遺言による指定相続分は明らかであるから、分割協議等により、各自の相続分が確定するまでの間、原告らが、当該指定相続分で本件物件を含む相続財産を共有していることになる。
したがつて、本件物件から生じた地代家賃も、分割協議によつて確定するまでの間、右指定相続分で原告ら共同相続人に帰属することとなる。
(2) 不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機(以下この項において「不動産等」という)の貸付け(地上権又は永小作権の設定その他他人に不動産等を使用させることを含む。)による所得(事業所得又は譲渡所得に該当するものを除く)と規定されているところ(所得税法二六条一項)、不動産所得の総収入金額の収入すべき時期は、契約又は慣習により支払日が定められているものについては、その支払日、支払日が定められていないものについては、その支払いを受けた日と解すべきである(昭和四五年七月一日所得税基本通達三六-五)。
これを本件についてみると、原告ら共同相続人は、観太郎の賃貸人である地位を相続によつて承継したのであるから、当該不動産所得の総収入金額の収入すべき時期とは、観太郎と延原倉庫との賃貸借契約による賃料の支払日のことであり、原告の主張する裁判の確定したときではない。
したがつて、本件物件を含む相続財産の帰属をめぐる争いのため、各課税時期において本件物件の取得割合が未確定であり、延原倉庫が固定資産税等の立替金を控除した残額を供託していても、各年分の不動産収入の発生確定には何ら消長をきたすものではない(不動産所得が不存在であるとの原告の主張は不当である)。
また、右の不動産収入は、「別段の定めがあるもの」(所得税法三六条一項)にも該当せず、むしろかかる場合に、課税を留保することは、納税義務者の恣意を許容し、更正の期限の徒過を招き、課税の公平を著しくそこなうことになる。
(3) なお、原告の遺言書による持分は八〇分の一九であるが、仮に観太郎の遺言が無効と判断されても、原告の法定相続分は八〇分の二〇であり、遺言書の八〇分の一九を下ることはなく、本件賃料債権は可分な金銭債権である以上、少なくとも八〇分の一九については原告は供託金の権利行使が可能である。したがつて、遺言の有効、無効に関係なく、原告において右八〇分の一九に相当する所得があつたと認定したことに誤りはない。
(二) 無申告加算税及び過少申告加算税の賦課決定処分の適法性
(1) 原告が、昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五五年分の所得税を申告しなかつたことについて、何ら正当な理由は存しないので、国税通則法六六条による無申告加算税の賦課決定処分に違法はない。
(2) 原告が、昭和五四年分の不動産所得を申告しなかつたことについて、何ら正当な理由はないので、国税通則法六六条による過少申告加算税の賦課決定処分に違法はない。
4 原告の主張に対する反論
(一) 原告は、原告ら相続人間において各人の「具体的相続分(率)」が争われ、「結局の相続分(率)」が定まつていない以上、本件物件の賃料債権の帰属割合は未確定であり各相続人の賃料債権が確定したとはいえない旨主張する。
しかしながら、本件物件の不動産所得の原因となる賃料債権が既に確定し履行期が到来して現実に支払われているのであり、しかも各相続人への帰属割合が指定相続分により確定していることは前述のとおりであり(したがつて、課税客体である賃料についての増額請求の効果の判断が判決等で確定されるまで困難である原告引用の判例の場合とは事案を異にする)、将来、右不動産所得の額が、原告ら共同相続人間の協議成立の確定、調停の成立等により、異動を生じた場合には、国税通則法二三条二項の規定による更正の請求、又は同法一九条二項の規定による修正申告の手続によつて是正すれば足りる。
(二) 原告は、法務局(国)が、債権者を確知できないとして、本件物件の地代家賃の供託を適法として受け入れているにもかかわらず、同じ国家機関である被告が、これと矛盾する取扱いをしている旨主張する。
ところで、弁済供託ができる場合とは、一般に、債権者が弁済の受領を拒絶したり、受領不能であるときのほか、債務者が過失なく債権者を確知できないときに限られている(民法四九四条)。そして、賃貸人が死亡しその相続人が数人ある場合において、相続人は判明しているが、各相続人の相続分に争いがあつて、各相続人に帰属する債権額が分明しない場合は、右供託原因たる「債権者を確知できないとき」に該当しないとして、供託を認めないのが供託実務の取扱いである。
本件において、賃借人である延原倉庫は、賃料を供託するに当たり、供託の事由を「債権者を確知できない」とし、被供託者を「鈴子又は星夫又は千恵子又は久雄」とし、あたかも相続人自体が誰であるか不明である旨記載している。このように、供託書面上、被供託者が「甲又は乙」(権利者が不明)との記載がされていると、実体的には原告ら共同相続人の相続分すなわち債権額に争いがある場合であつても、供託官は、書面(形式)審査の建前から、形式上、「債権者を確知できない」ことに該当するとして、このような供託を認めざるを得ない。しかし、右供託がなされたからといつて、実体上相続人(権利者)が不明となるものではない。
したがつて、本件供託は、延原倉庫が供託手続が書面(形式)審査であることから、実体上不可能な供託を形式上可能とするためにとつた便法にすぎない。これに反して被告は、実質課税の原則にしたがい。本件課税処分に及んだのであるから、供託者が供託を受け入れたことと、被告の主張は何ら矛盾しない。
(三) さらに、芦屋税務署長が、観太郎に対する贈与税還付金を弁済供託した点につき、その経緯は以上のとおりである。
国税局長又は税関長は、還付金又は国税に係る過税納金があるときは遅滞なく、金銭で還付しなければならない(国税通則法五六条一項)ところ、芦屋税務署長は、原告ら共同相続人へ当該贈与税を速やかに還付すべく準備し、自主的に来署した長兄である原告に、戸籍謄本の提出を依頼するなど還付の準備をほぼ終えた。
ところが、還付の直前になつて、千恵子が、同署長に対し、遺言書が発言され相続人間に争いがあるので、法定相続分により還付しないよう二度にわたり強く要望してきた。
そこで、芦屋税務署長は、いたずらに私人間の紛争に介入し、関与することは好ましいことではなく、さりとて遅滞なく還付する義務があること、また相続人の内還付金が受領できない事態も好ましいことではないことを考慮して、あらかじめ原告、久雄、千恵子三名(鈴子は禁治産者で観太郎が後見人であつたが、新しい後見人が未選任であつた)の同意書を受領したうえで、供託した。
したがつて、芦屋税務署長が一方的に判断して供託したのではない。
(四) 最後に、原告は、供託された資料の八〇分の一九に対して還付を受けることが不可能であり、現実に地代家賃を取得し経済上の利益を享受する方途がないにもかかわらず、所得が発生したとして所得税が課税される事態を到底容認できない旨主張する。
しかしながら、本件のように、供託金の還付を請求しうべき者を「甲又は乙」とする弁済供託については、遺産分割審判等の裁判書、和解調書又は遺産分割協議書等を提出しなくても、ただ、被供託者全員が共同して供託金の還付請求を行えば、還付されるのが供託実務の取扱いである(昭和三七年三月三一日民事甲第九〇六号民事局長認可)。したがつて、原告としては、右手続を履践しさえすれば相続人全員のために現実に発生確定した賃料の還付を受けうる(内部での分割は、還付後にすれば足りる)のであり、経済上の利益享受の方途がないとの原告の主張は失当である。
また所得税法は、課税につき現実の収入を要求していない。すなわち、課税に際し常に相続人各自の現実収入のときまで課税することができないとしたので、納税者である相続人の恣意性を許し、課税の公平を期し難いので、所得税法は、徴税政策上の技術的要請から収入の原因となる賃料債権が確定したときをとらえてその時点での相続分(指定相続分又は法定相続分)により課税することとしたのである。したがつて現実の収入を要求する旨の原告の主張は失当である。
(五) さらに、被告の右主張・取扱いの正当性について税法の建物から付言するに、現行相続税法は原則として相続人又は包括受遺者(以下「相続人等」という)が相続又は包括遺贈(以下「相続等」という)により現実に取得した財産の価格を課税価格として課税するいわゆる遺産取得体系により構成されているので、相続税の納税義務者は原則として相続等によつて現実に遺産を取得した者でなければならず、未分割遺産について、いまだ相続財産の現実の取得がないので、相続税の計算ができないこととなる。反面、未分割遺産に対する納税義務を遺産分割後まで留保させることは、納税義務者の恣意を許し租税を故意に免れさせることとなる。そこで、相続税法は、便宜上かかる遺産の未分割の場合には、一応各相続人等が民法の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従つて遺産を取得したものと擬制して、課税価格を計算することとし、後日これと異なる遺産の分割がなされた場合には、その分割された内容に従つて課税価格を改めて計算し、それに基づいて更正の請求又は修正申告を許し、あるいは更正決定ができることとしている。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 争いのない事実
請求原因1項の事実、同2項の事実のうち(一)の事実、(二)の事実のうち原告の指定相続分が少なくとも八〇分の一九はあること及び原告ら相続人間で争いがあること、(四)の事実、(五)(1)の事実(ただし、収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮するとの主張は除く。)、同(3)の事実のうち、延原倉庫が本件物件の賃料を供託していること及び供託に際し原告主張の記載をしていることは、当事者間に争いがない。
二 本件各再更正処分の適法性
1 前記当事者間に争いのない事実に加え、成立に争いのない甲第一号証の二、第二号証の二、第六号証の二、第七、第九号証、乙第一ないし第三号証、第九号証、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、原告本人尋問の結果(第一、二回)(ただし以下の認定に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件物件(物件の明細、賃貸料等は別表5記載のとおりである。)は、観太郎が所有し、延原倉庫に賃貸していたものであるが、同人が昭和四七年七月一七日に死亡したため同人の子である原告、久雄、鈴子及び千恵子がこれを共同相続した。すなわち、原告ら共同相続人は、本件物件のみならずその賃貸人たる地位をも承継したこととなる。なお、観太郎の妻アヤは、昭和四六年四月一日に死亡している(以上の事実中、本件物件の明細、賃貸料等が別表5のとおりであること以外は当事者間に争いがない。)。
(二) ところで、観太郎は、昭和四四年一月二五日付けの自筆証書遺言書(甲第六号証の一)を残していたので、原告ら共同相続人は、昭和四七年九月一八日に神戸地方裁判所尼崎支部においてその検認を終えた。右遺言書は、観太郎が、全文、日付及び氏名を自署して押印したもので、当時の相続人の相続分を次のように指定する内容であつた(以上の事実は、検認の点を除き当事者間に争いがない。)。
記
(1) アヤの相続分は二〇分の七
(2) 鈴子の相続分は、当初二〇分の「壱」と記載していたが、右「壱」の字を斜線で抹消してその横に「三」と加筆し、右抹消部分に観太郎の印を押捺し、欄外に「壱字訂正」と変更した旨付記しているが、特に右付記につき観太郎が署名した形跡は見当たらない。
(3) 星夫(原告)の相続分は二〇分の三
(4) 千恵子の相続分は二〇分の七
(5) 久雄については、現在に至るまでの間に既に応分以上の財産を取得しているので同人の相続分はないものとする。
右遺言には鈴子の指定相続分につき前記変更がされていること、アヤが観太郎より先に死亡していること等のため原告ら共同相続人間でその相続分について激しい争いが生じ、観太郎の遺産をめぐり同支部等において遺産分割申立事件等としていまなお係争中である。そのうち、大阪地方裁判所は、観太郎が所有していた延原倉庫の株式等の共有持分等の訴訟事件(同庁昭和四二年(ワ)第六八一一号事件外五件)に関連して、昭和五八年九月七日に言い渡した判決(理由中)において、アヤの指定相続分二〇分の七及び鈴子の指定相続分のうち二〇分の二(遺言変更後の指定相続分二〇分の三と変更前のそれ二〇分の一との差)との合計二〇分の九は、遺言による相続分の指定がなかつたものとして右部分につき原告ら共同相続分(四分の一)に応じて配分すべきこととした結果、原告の相続分を八〇分の二一、久雄のそれを八〇分の九、鈴子のそれを八〇分の一三、千恵子のそれを八〇分の三七とそれぞれ認定している(ただし、同事件は大阪高等裁判所でいまなお審理中である。)。
(三) 原告及び久雄並びに鈴子及び千恵子は、昭和四八年一月一七日にそれぞれ相続税の申告書を所轄税務署長に提出し、さらに、原告ら共同相続人は連名して昭和四八年八月二日に相続税修正申告書を所轄税務署長に提出した。同修正申告書には、原告ら共同相続人のあん分割合を原告〇・二四〇二(約八〇分の一九)、久雄〇・〇八六六(約八〇分の七)、鈴子〇・二三五一(約八〇分の一九)、千恵子〇・四三八一(約八〇分の三五)と記載して申告した。
(四) 鈴子は、昭和五〇年一二月二二日に本件物件のうちAグループの物件につき、鈴子の法定相続分四分の一を延原倉庫に売却し、昭和五一年二月四日にその旨の持分権移転登記が経由された。
2(一) そこで検討するに、本件物件は、観太郎が所有し延原倉庫に賃貸していたものであるが、観太郎が死亡したことから、原告ら共同相続人は、相続開始により観太郎の財産法的地位(本件に則していうと、本件物件の所有権及び本件物件の賃貸人としての地位)を、承継取得したものと認められる(民法八九六条)。そして、本件記録中の全証拠を精査しても、相続開始後、本件物件につき遺産分割の協議が成立したことを認めるに足りる証拠はないから、原告ら共同相続人間で遺産分割が成立するまでの間、本件物件は原告ら共同相続人の共有に属するものとされ(民法八九八条)、その共有持分割合は相続分により定まる(同法八九九条)ものと解すべきであるが、右にいう相続分とは、第一次的には指定相続分(民法九〇二条)であり、第二次的には法定相続分(同法九〇〇条)であるというべきである。そして、法定果実(賃料)を収受しうる権利即ち賃貸借契約上の賃貸人たる地位も、本件物件の共有持分割合に応じて原告ら共同相続人に帰属するから、本件物件から生じた賃料(不動産所得)も、遺産分割により相続人間で何人に帰属するかを改めて決定されない限り、元物の共有持分割合に応じて第一次的には指定相続分の割合で第二次的には法定相続分の割合で原告ら共同相続人に帰属することとなる。
(二) そこで次に、右指定相続分との関係で観太郎の前記遺言の効力について検討する。
まず、右遺言書が作成されたのちにアヤが死亡していること前記認定のとおりであり、アヤの死亡により同人の指定相続分二〇分の七は効力を失い指定がなかつたことになるが、これがために他の相続人の指定相続分まで無効と解するのは相当でない。
次に、鈴子の指定相続分については前記認定のとおり二〇分の一から二〇分の三に変更されたその趣旨が、明白な誤算の訂正(鈴子の指定相続分を二〇分の一とすれば、他の相続人の指定相続分を合計しても、観太郎が指定したのは二〇分の一八にすぎないこととなるので、正しい割合である二〇分の三に訂正した。)に過ぎないものと断定するには十分な裏付けはなく、計算違いの訂正は他の方法によることもありうるうえ、右変更は遺言の内容に実質的な影響を与える指定相続分の数値にかかるものであるから、厳格な要式行為の要求される遺言の性質上、前示のような鈴子の指定相続分につき、「壱字訂正」と変更した付記に観太郎の署名がない遺言の変更は民法九六八条二項に定める加除変更の方式を欠くものとして、その効力を有せず、同遺言は右変更前の文言に従つて有効なものと解するのが相当である。
(三) 以上から、鈴子の指定相続分は二〇分の一、原告のそれは二〇分の三、千恵子のそれは二〇分の七と認められるが、アヤの指定相続分二〇分の七及び遺言の方式違背により無効となつた鈴子の指定相続分二〇分の二(二〇分の三から二〇分の一を差し引いたもの)の合計二〇分の九は、遺言による相続分の指定がなかつたものと解するほかはない。そして、右無効となつた二〇分の九の相続分の指定につき、その部分を更に有効な指定相続分に応じて配分する旨の観太郎の意思を推認するに足りる証拠はないから、右部分は、法定相続分に応じて原告ら共同相続人にそれぞれ帰属するものと解するのが相当である。その結果、原告ら共同相続人の相続分は次のとおりとなる。
鈴子 八〇分の一三 <省略>
原告 八〇分の二一 <省略>
千恵子 八〇分の三七 <省略>
久雄 八〇分の九 <省略>
(四) そうすると、Bグループの物件についての原告の相続分は八〇分の二一となる。ところで、鈴子は、前記認定のとおり昭和五〇年一二月二二日に本件物件のうちAグループの物件につきその法定相続分四分の一を賃借人である延原倉庫に売却しているので、昭和五二年分から昭和五五年分までの原告の右不動産からの賃料に対する持分は、特段の事情のない限り、右不動産についての相続分に一致し、それは、原告、千恵子及び久雄間で二一対三七対九の割合であん分されることから、原告の右賃料に対する持分は六七分の二一となり、その計算式は次のとおりである。
<省略>
3 原告の主張について
(一) 原告は、相続財産を賃貸することによつて相続人らが取得する賃料債権は、「結局の相続分(率)」(贈与、遺贈の価額を控除した残額の遺産総額に対する割合)に応じて各相続人に帰属するもので、右「結局の相続分(率)」が確定していない以上原告には不動産所得はいまだ発生確定していないと主張する。
原告の右主張は、要するに遺産分割につき係争中で、いまだ確定的に相続財産を取得していないかぎりは、不動産所得は発生確定していないので所得税の納付義務を負わない旨主張するものと解される。しかしながら賃貸借の目的不動産が遺産分割未了の相続財産であつても、賃料支払義務が履行期の到来により具体的かつ確定的に発生するのに対応して賃料請求権も具体的かつ確定的に発生することに変わりはないから、当該税務署長としては、右の確定的に発生した具体的な賃料請求権を原因とする不動産所得につき所得税の賦課をすることができるのは当然である。ただ遺産分割が未了の段階では、個々の相続人に対する遺産の具体的帰属は未確定であるとしても、当該税務署長としては、客観的資料に基づく合理的判断により、各相続人の相続分を認定し(相続税法五五条)、右認定に従つて前示賃貸借の目的不動産が共有され、その法定果実である賃料も右持分に応じて各相続人に帰属するものと取扱つて課税要件を認定して所得税を賦課し、後日の遺産分割の結果相続人が取得する財産及び賃料額が前記の税務署長の認定と異なることになつたときは、その際にこれを基礎として所得税額を改算し、それに基づいて更正の請求(国税通則法二三条二項)又は修正申告(同法一九条二項)を許し、あるいは更正(同法二四条)がされるべきものと解するのが相当である。けだしこのように解しないことには、相続人らは、故意に遺産分割を行わないことにより、現実に発生取得した不動産所得の所得税の納付義務を長期間にわたつて免れるなど著しく不合理、不都合な結果をまねき、国家の財源を迅速、確実に確保する国家的要請にもとることとなる(最高裁判所昭和四六年(行ツ)第四〇号同四八年三月一日判決税資六九号六二三頁参照)し、さらに、不動産所得、特に賃貸料の収入金額は、実際に支払いを受けた金額ではなく、収入すべき金額、すなわち収入すべき権利の確定した金額をいうものと解すべきであり、その確定の時期は、契約その他慣習等によつて支払期日の定められる賃貸料についてはその支払期日である(所得税基本通達三六-五(1)参照)ところ、相続財産を賃貸することから生じる賃貸料においても右と別異に解すべき根拠を見出し難いからである。
なお、原告はその主張の根拠として最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第一二三号同五三年二月二四日判決(民集三二巻一号四三頁)を引用するが、右は賃料増額請求に係る増額賃料債権の計上時期に関するもので、増額賃料部分の支払義務の存否及び支払うべき額が、判決の確定にいたるまで明確にならない事案であるのにたいし、本件は延原倉庫の賃料支払義務及び支払金額自体は支払日に明確に発生確定している事案であるから、右判例は事案を異にし本件に適切でない。
(二) 原告は、延原倉庫が、本件物件の賃料の供託を適法に受け入れていることから、法務局(国)自身も、原告が主張するところの原告ら共同相続人間の持分割合が法定相続分ないし指定相続分によつて定まらないことを認めた旨主張する。
なるほど、成立に争いのない乙第五号証及び弁論の全趣旨によると、延原倉庫は、昭和五四年三月三一日に少なくとも本件物件の大半を含む賃貸物件の賃料につき、被供託者を「観太郎相続人鈴子又は星夫又は千恵子又は久雄」と、供託原因を「賃借物件はすべて被相続人観太郎の所有であつたが、同人の死亡後相続人鈴子、星夫、千恵子、久雄間で相続分をめぐり争いがあるため、債権者を確知できない」として供託していることが認められる(賃料を供託していること、被供託者・供託原因の記載内容は当事者間でも争いがない。)。
しかしながら法務局の右供託の取扱いと、被告の本件主張との間に相矛盾したものがあるとはたやすく断定できないものがある。のみならず異なる国家機関が異なる法律関係においてそれぞれ異なる取扱いをしたとしても、右の取扱いの行為の効力についてはそれぞれ別個にその存否が決定されるべきものであるから、原告の前記主張は採用できない。
(三) さらに、芦屋税務署長が、観太郎の贈与税還付金を原告ら共同相続人に還付するに際し、原告ら共同相続人の同意のもとに、債権者を確知できないとして弁済供託しているので、被告が本件訴訟において債権者を確知できない状態ではないと主張することは同じ国家機関でありながら相矛盾した主張取扱いであることは、原告主張のとおりであるけれども、右弁済供託と本件課税処分との間には違法性の承継等の問題が生じる余地がなく、それぞれの行為の効力は別個に判断されるべきことがらであるから、右弁済供託の事実があるからといつて、本件課税処分が直ちに違法であるといえないことは、前記(二)と同様である。
(四) 最後に、原告は、延原倉庫が供託した本件物件の賃料につき、その還付を受けることはできず、したがつて現実にその賃料を取得する方途がないのに本件課税処分を行うことは違法である旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない乙第六号証によると、供託物の還付を請求すべき者を「甲又は乙」とする弁済供託については、「甲及び乙」から共同で供託金還付請求があつた場合には、還付できるのが供託実務の取扱いであること(昭和三七年三月三一日付け民事甲第九〇六号民事局長認可)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、本件において、前記認定のように、本件物件の賃料が現実に毎年発生確定し、しかも、右賃料が供託できないのに誤つて供託した事情があつたとしてもこれが供託されているのであるから、原告としては原告ら共同相続人が共同して供託金還付請求をすれば、何時でも還付されるのであるから賃料取得の方途がないとの原告の主張は失当である。もつとも、右供託実務によると、単独では供託金の還付請求はできないものと解され、原告もこの点を理由に還付不可能と主張するもののようであるが、原告の右還付不可能もつまるところ原告ら共同相続人間において相続分につき争いがあることに起因するにほかならず法律上供託金の還付が不可能ということではない。そしてこのような場合にまでも、相続人に右賃料所得の所得税を課することができないとすることの不当性は前述のとおりである。
(五) してみると、原告ら共同相続人間に観太郎の相続財産の相続分に関して紛争があり、それがためにいまだ遺産の分割が行われず、したがつて、原告が現実に取得した相続財産及びそれより発生確定した賃料債権額が確定できない場合であつても、被告において前記遺言書の指定相続分及び原告ら共同相続人の相続分に関する申告等前記事情に基づき認定した相続分(アヤの指定相続分は原告ら共同相続人に法定相続分に応じて分配加算)に応じて課税価格及び所得税額を算定して行つた本件各再更正処分等自体(金額の適法性については後述するが)には、原告主張のごとき瑕疵があるものということはできない。
4 そこで、原告の相続分を八〇分の二一とし、Aグループの物件について遺産の一部分割がなされていないものとして、原告の昭和五二年分ないし昭和五五年分の不動産所得金額の計算をする。
(一) 昭和五二年分不動産所得金額
(1) 総収入金額
延原倉庫が昭和五二年一月一日から同年一二月三一日までに原告ら共同相続人に支払わなければならない賃借料が、七六〇一万九〇二九円(Aグループの物件から生じた賃借料三二六八万八〇二四円、Bグループの物件から生じた賃借料四三三三万一〇〇五円)であることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、原告の賃貸料は、Aグループの物件については三二六八万八〇二四円の六七分の二一である一〇二四万五五〇〇円、Bグループの物件については四三三三万一〇〇五円の八〇分の二一である一一三七万四三八八円となる。
したがつて、合計金額二一六一万九八八八円が原告の不動産所得に係る総収入金額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
成立に争いのない甲第一号証の一、乙第一号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、延原倉庫は本件物件につきその賃料から固定資産税等の管理費用を立て替えて支払つていたことが認められ、右管理費用は、不動産所得金額の計算上、必要経費に該当するものと解する。
そして、Aグループの物件に係る固定資産税等の管理費用が一八八三万四一七〇円、Bグループの物件に係るそれが一六七三万七三五二円であることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、原告の負担金額は、総収入金額の計算と同様に計算すると、合計一〇二九万六八〇一円となり、その計算式は次のとおりである。
Aグループの物件の負担金額
<省略>
Bグループの物件の負担金額
<省略>
右合計
5,903,247+4,393,554=10,296,801
イ 減価償却費
本件物件のなかには、工場、倉庫、クレーンが含まれ、いずれも減価償却の対象となる資産である。
成立に争いのない甲第一号証の二、甲第二号証の二及び弁論の全趣旨を総合すると、別表5順号29は木造倉庫で昭和四〇年に建築され、その取得価額が一八四〇万六八一三円であること、同表5順号30も木造倉庫で昭和四一年に建築され、その取得価額が九三〇万円であること、同表5順号27、28、31ないし33はいずれも戦前に取得されたものであることが認められる。また、同表5順号31の建物(倉庫)が、昭和三八年一月三一日に延原倉庫により新築されたのち、昭和四二年四月二八日に観太郎に一九七万二五九三円で売却されていることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
そして、Aグループの物件につき、鈴子の法定相続分四分の一が延原倉庫に売却されていることを考慮して、減価償却資産の耐用年数等に関する省令等に基づき計算すると、次のようになる。
(ア) 別表5順号29の減価償却費は、二四万一四四五円となる。
算式
<省略>
(イ) 別表5順号30の減価償却費は、一二万一九八九円となる。
算式
<省略>
(ウ) 別表5順号31の建物(倉庫)は、いわゆる中古資産でありその耐用年数は一二年と認めるのが相当である(被告の右算出は、耐用年数取扱関係通達一-五-二によつたもので、原告も右耐用年数一二年につき明らかに争わない。)。そうすると、前記省令に基づき減価償却費を計算すると三万四六三八円となる。
算式
<省略>
(エ) その他の減価償却の対象となる資産は、いずれも耐用年数を経過しているので、減価償却はできない。
ウ 右必要経費の合計金額は、一〇九万四八七三円である。
(3) 不動産所得金額
そうすると、原告の昭和五二年分の不動産所得金額は、前記(1)の総収入金額から前記(2)の必要経費を差し引いた一〇九二万五〇一五円となる。
算式
21,619,888-10,694,873=10,925,015
(二) 昭和五三年分不動産所得金額
(1) 総収入金額
昭和五二年分不動産所得に係る総収入金額二一六一万九八八八円と同額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
Aグループの物件に係る固定資産税等の管理費用が二一一五万四三三〇円、Bグループの物件に係るそれが二〇五三万四一二四円であることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、原告の負担金額は、前記同様に計算すると、合計一二〇二万〇六六八円となり、その計算式は次のとおりである。
Aグループの物件の負担金額
<省略>
Bグループの物件の負担金額
<省略>
右合計
6,630,461+5,390,207=12,020,668
イ 減価償却費
昭和五二年分の減価償却費(前記(一)(2)イ(ア)ないし(ウ)を合計した三九万八〇七二円)と同額である。
ウ 右必要経費の合計金額は、一二四一万八七四〇円である。
(3) 不動産所得金額
そうすると、原告の昭和五三年分の不動産所得金額は、前記(1)の総収入金額から前記(2)の必要経費を差し引いた九二〇万一一四八円となる。
算式
21,619,888-12,418,740=9,201,148
(三) 昭和五四年分不動産所得金額
(1) 総収入金額
昭和五二年分不動産所得に係る総収入金額二一六一万九八八八円と同額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
Aグループの物件に係る固定資産税等の管理費用が二三一五万一三四〇円、Bグループの物件に係るそれが二二五二万八一五二円であることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、原告の負担金額は、前記同様に計算すると、合計一三一七万〇〇二九円となり、その計算式は次のとおりである。
Aグループの物件の負担金額
<省略>
Bグループの物件の負担金額
<省略>
右合計
7,256,390+5,913,639=13,170,029
イ 減価償却費
(ア) 別表7順号29及び30の建物に係る減価償却費は、昭和五二年分の減価償却費三六万三四三四円と同額である。
(イ) 別表7順号31の建物(倉庫)の耐用年数が一二年であること、観太郎が右建物を昭和四二年四月二八日に購入したことは、前記認定のとおりである。したがつて、右建物については、昭和五四年四月二八日に耐用年数の全期間が経過することとなる。
ところで、耐用年数の全期間を経過したのちも、利用されている事業用資産については、償却費の累計額が取得価額の九五パーセント相当額に達するまでは償却することができるとされている(所得税法施行令一三四条一項一号)。すなわち、耐用年数の全期間経過後の償却費は取得価額の五パーセントまでは減価償却費として計上することができる。
そうすると、右物件の減価償却費は三万一八四四円となる。
算式
<1> 昭和五四年一月一日から同年四月二八日まで(残余耐用年数は三か月)の減価償却費
<省略>
(1年分の減価償却費)
<2> 取得価額の五パーセント相当額
<省略>
<3> <1>と<2>の合計
8,659+23,185=31,844
ウ 右必要経費の合計額は、一三五六万五三〇七円である。
(3) 不動産所得金額
そうすると、原告の昭和五四年分の不動産所得金額は、前記(1)の総収入金額から前記(2)の必要経費を差し引いた八〇五万四五八一円となる。
算式
21,619,888-13,565,307=8,054,581
(四) 昭和五五年分不動産所得金額
(1) 総収入金額
昭和五二年分不動産所得金額に係る総収入金額二一六一万九八八八円と同額である。
(2) 必要経費
ア 固定資産税等の管理費用
Aグループの物件に係る固定資産税等の管理費用が二三一五万一三四〇円、Bグループの物件に係るそれが二四三八万五四三七円であることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、原告の負担金額は、前記同様に計算すると、合計一三六五万七五六七円となり、その計算式は次のとおりである。
Aグループの物件の負担金額
<省略>
Bグループの物件の負担金額
<省略>
右合計
7,256,390+6,401,177=13,657,567
イ 減価償却費
昭和五五年分についての減価償却となる資産は、別表8順号29及び30の建物のみであり、その減価償却費の合計額は、昭和五二年分の減価償却費((一)(2)イ(ア)(イ))と同額の三六万三四三四円である。
ウ 右必要経費の合計額は、一四〇二万一〇〇一円である。
(3) 不動産所得金額
そうすると、原告の昭和五五年分の不動産所得金額は、前記(1)の総収入金額から前記(2)の必要経費を差し引いた七五九万八八八七円となる。
算式
21,619,888-14,021,001=7,598,887
5 以上により、原告の昭和五二年分ないし昭和五五年分の不動産所得金額は、次表上段記載のとおりであり、仮にAグループの物件につき原告の持分四分の一とする遺産分割が行われたとしても、原告の昭和五二年分ないし昭和五五年分の不動産所得金額は次表上段記載の金額を超えることは明らかであるから、右金額の範囲内でした本件各再更正処分は適法であるといわねばならない。
<省略>
三 本件各再更正処分に伴う過少申告加算税及び無申告加算税の賦課決定処分の適法性
本件各再更正処分は、右認定のとおり適法であり、本件記録を調査しても国税通則法六五条、六六条に定める「正当な理由」は見い出せない。したがつて、本件各再更正処分に伴う過少申告加算税及び無申告加算税の賦課決定処分は適法である。
四 結論
よつて、本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 小林一好 裁判官 横山光雄)
別表1
昭和52年分課税経過表
<省略>
(注)「所得から差し引かれる金額」は、先ず「総所得金額」から控除し、控除しきれない金額があるときは「分離長期譲渡所得金額」から控除する。
別表2
昭和53年分課税経過表
<省略>
別表3
昭和54年分課税経過表
<省略>
(注)「所得から差し引かれる金額」は、先ず「総所得金額」から控除し、控除しきれない金額があるときは「分離長期譲渡所得金額」から控除する。
別表4
昭和55年分課税経過表
<省略>
昭和52年分賃貸料等の明細
<省略>
(注) 固定資産税額は賃貸地積に相当する金額である。(別表2~4も同じ)
昭和53年分賃貸料等の明細
<省略>
昭和54年分賃貸料等の明細
<省略>
昭和55年分賃貸料等の明細
<省略>
別紙1
相続財産目録
第1 不動産(土地)
<省略>
第2 不動産(建物)
<省略>
第3 有価証券
<省略>
第4 現金、預貯金
<省略>
第5 債権
<省略>
第6 その他
<省略>
別紙2
生前贈与財産目録(本人分)
第1 延原鈴子
<省略>
第2 延原星夫
<省略>
第3 延原千恵子
<省略>
第4 延原久雄
<省略>